INTERNATIONAL WOMEN'S DAY: Be Boldの精神で、文化の違いを乗り越える。 | CULTURE | BARNEYS NEW YORK

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INTERNATIONAL
WOMEN'S DAY:
Be Boldの精神で、
文化の違いを乗り越える。

40年も前から日本にフレグランスのあるライフスタイルを普及させようとビジネスを行ってきた吉岡康子さん。現在は海外フレグランスの輸入及び卸を専門とし、<パルファン ド ロジーヌ パリ>や<ザ ディファレント カンパニー>、<キャロン>などメゾンブランドを扱う会社の取締役を務める。大学卒業後、堪能であった語学を使ったビジネスを志し、自らの手でキャリアを切り開いてきた吉岡さんが現代の働き方に思うこと。
text: Ryoko Kuraishi

「私が大学を卒業する頃は、"女性のキャリア"なんて、言葉どころか概念さえ存在しなかったんですよ」と吉岡さん。在学中にお茶やお花を勉強して卒業後早々に結婚する、そんな生き方が普通だった、と当時を振り返る。吉岡さんが少しだけ"普通"と違ったのは、「もっと英語を話せるようになりたい」という向学心だった。

「6歳くらいから英語を学んでいたので、もっと喋れるようになりたいと思ったのは自然なことだったのかもしれません。1ドルが360円というあの時代、米国といえば遠い『夢』のような存在。それでもやっぱり本場で学んでみたいという気持ちが抑えられなかったんです」
奨学金を給付してくれる組織を自力で見つけ、渡米。フィラデルフィアの大学で学んだ。米国で衝撃を受けたのは、裕福かどうかにかかわらずほとんどの女性が社会に出てキャリアを築いていたことだった。
一方で日本に帰国した吉岡さんを待っていたのは、相変わらず女性には閉塞的な社会システムだった。外資系の会社で働くか研究者になる以外、女性が専門的な職につくことはほとんど不可能であることを改めて思い知らされる。
「外資系出版社で英文タイピスト、及び外資系医薬品会社で秘書として勤めた後、今度はフランス語を学びたくなりまして、貯金してパリの語学学校に入学しました。帰国して二度目の求職活動で出合ったのが、インターナショナルな化粧品ビジネスだったんです」
<パルファン クリスチャン ディオール>が東京に開いた連絡事務所で、フランス人重役3人の秘書に採用される。輸入化粧品が貴重品だった時代、香水は宝石のように扱われていて、庶民がおいそれと手を出せるようなものではなかった。そんな環境の中、3人の中の一人であるPRマネージャーのフランス人マダムから受けたパリのエスプリの薫陶が現在のビジネスの礎になっている。

その後、別の外資系の化粧品会社に転職してマーケティング職に就き、本格的にフレグランスの世界と関わるように。22年前には夫が経営する現在の会社で新たなフレグランスビジネスを立ち上げた。

女性の前には相も変わらずガラスの天井がそびえ立っているけれど、男女雇用機会均等法、女性の総合職など、この十数年で働く環境は飛躍的に改善されてきていると感じる、と吉岡さんは言う。
「私が働き始めた時代は女性が働くシステム自体が整っていませんでしたから、日本の会社では学歴のある女性は面接も受けることができなかったんです。うまいこと仕事を見つけても、会社という組織は男性のように自動的には女性を引き上げてくれませんでしたし。だから自分たちの熱意だけが頼りだった。実力をつけて転職を重ね、自分の力でキャリアを切り拓いていくしか手がなかったんです」
環境が整っていなかった分、ガッツや熱意があったのかもしれない。ユニークなアイデアを斬新なやり方で、誰よりも早く実現する。吉岡さんのフットワークの軽さ、他者とは異なる視点はこの時代の苦労に育まれたものだ。

吉岡さんが働き続ける上で幸運だったのは、公私にわたるパートナー関係にある夫からの理解とサポートが得られたこと。ビジネスにおいて財務面を取り仕切る夫は家庭での家事分担においても協力的で、常に吉岡さんを支えてくれたという。
「それでも私たちは子どもを持ちませんでした。当時は今のような保育園なんてありませんから、仕事と育児の両立は現在よりも難しい時代だったんです。だからこそ、自分の会社では女性が長く働き続けられる環境を整えたいと思いました。住宅街にオフィスを構えたのも、保育園への送迎が楽になるから。就業規則に縛られない多様な働き方を実現して、働く女性たちをサポートしようと思ったんです」

これまでINTERNATIONAL WOMEN'S DAY(国際女性デー)を意識したことはなかったという吉岡さん。だが、自身の働き方を振り返った時、そのステップの一つひとつに"Be Bold For Change"(変革のために大胆であれ)の精神があった。
「横並びをよしとする日本人にとって、香りで自分をアピールするという欧米的な自己表現方法はなかなか受け入れがたいもの。そんな日本の土壌にフレグランスを根付かせようというのですから、普通のやり方では太刀打ちできない。だから常にBe Bold----他とは異なるアイデアを模索していました」

現代では想像できないような苦労をしつつも、「私、女性でよかったと思うんですよ」とさらりと話す。ビジネスの世界において、男性は女性をライバルとみなさなかったから、と。周囲に敵対心を持たれないことはビジネスを行う上で大いにプラスになる。加えて、女性には重圧やプレッシャーをはねのけて世の中を渡っていくしなやかさがある。吉岡さんの持論だ。
「企業に勤める男性は保守的になりがちですが、そういう壁を打ち破る視点や幅広い視野を持てるという点では女性の方が有利なんじゃないでしょうか。Be Boldの精神とグローバルな視点やアイデアを持つ女性が次々に起業して、それに共感するフォロワーがそのビジネスをサポートしていく。それが容易な社会になることを願っています」

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吉岡康子

PROFILE

株式会社フォルテ取締役、日本フレグランス協会事務局長

吉岡康子

1946年兵庫県生まれ。大学卒業後、米国・フランスに留学したのち、大手化粧品メーカーにて20年間勤務、化粧品ビジネスの経験を積む。1995年、株式会社フォルテにて海外フレグランスの輸入・卸販売をスタート。2002年、フレグランスの普及のためフレグランスを扱う企業の業界団体「日本フレグランス協会」を創設し、事務局長を務める。

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